監修:社会保険労務士法人 ヒューマンリソースマネージメント
社会保険労務士 岩下 等 監修:社会保険労務士法人
ヒューマンリソースマネージメント
社会保険労務士 岩下 等

今週のピックアップ
【 労務情報 】
◆ よくある質問とそれに対する回答
◆ 「残業許可制」の光と影
◆ 制度を無効にする「黙示の指示」の正体
◆ 裁判例から導く「負けない」運用ルール
◆ 勤怠管理システムと電子契約で実現する鉄壁の防衛
◆ まとめ
【 KING OF TIME 情報 】
◆ 「KING OF TIME」シリーズで適切な残業許可制を運用するための機能
よくある質問とそれに対する回答
Q. 残業許可制度を設けています。申請がなかった従業員に対して残業代を払わなくてもよいですか?
A. 申請がないことだけで、残業代の支払いを拒否することは法的なリスクを伴います。制度上は許可制であっても、実態として残業が行われていれば、労働時間とみなされる可能性が高いためです。制度の周知徹底と適切な運用を行い、実態を把握して対応する必要があります。
「残業許可制」の光と影
なぜ多くの企業が残業許可制(事前申請制)を導入するのか、その原点を確認しましょう。この制度は、単なる「残業代カット」のための道具ではありません。
導入がもたらす企業と従業員へのメリット
正しく運用された残業許可制は、労使双方に大きなメリットをもたらします。
企業側にとっては、不要不急の「ダラダラ残業」や「生活残業」を抑制し、人件費を適正化できる点が挙げられます。さらに重要なのが、「業務効率化への意識改革」です。「残業には理由と承認が必要」というプロセスにより、従業員は「定時内に終わらせる工夫」を常に意識するようになります。
従業員側にとっても、長時間労働が是正されることで健康が守られ、ワークライフバランスが向上します。
メリハリのある働き方は、結果として企業の生産性を高める好循環を生み出します。
運用を誤れば「ブラック化」の入り口に
一方で、運用を誤ると「ブラック企業化」の入り口となります。最大の懸念は「サービス残業(賃金不払残業)」の誘発です。
申請手続きが煩雑すぎたり、上司から「申請を認めない」という無言の圧力があったりする場合、従業員は「申請しづらいから退勤打刻して仕事を続けてしまおう」と考えます。こうして、記録上は定時退社しているのに、実際にはデスクで仕事をしている、あるいは自宅に持ち帰って仕事をしているという状況が発生します。
この「実態と記録の乖離」の放置こそが、法的リスクの引き金となり、企業を窮地に追い込みます。
制度を無効にする「黙示の指示」の正体
「就業規則に『許可のない残業は一切認めない』とあるから大丈夫」という認識は誤りです。裁判例では、就業規則の文言よりも「実態」が重視されています。
そもそも労働時間は「労働者が使用者の指揮監督下にある時間」とされています。残業への許可を出しておらず、従業員が勝手に働いていたとしても、その残業が業務上必要なものならば、それは労働時間として割増賃金の支払いの対象になり得るという点をまずは押さえておきましょう。
裁判所が見抜いた!「禁止するだけ」の許可制を無効にした実態の重み
残業許可制が無効(残業代支払い義務あり)と判断された、近年の代表的な裁判例があります。
会社は「午後7時以降の残業は、午後6時までに申請し承認を得なければならない」という明確な事前許可制を設けていました。しかし、従業員は申請手続きを行わず、承認を得ないまま残業を続けていました。この未申請残業に対する賃金の支払いが争点となりました。
結果は、会社側の敗訴でした。判決のポイントは、「黙示の指示」の認定です。
裁判所は、従業員の業務量が所定時間内に終わらないほど過大であり、残業が常態化していた事実を認定しました。さらに、代表者がその状況(残業する姿や夜間のメール送信など)を認識していながら、抜本的な業務削減策を講じず放置していたことを重視しました。
その結果、事前申請がなくても「黙示の指示」があったとみなされ、未払い残業代の支払いが命じられたのです。
この裁判例から分かることは明確です。「業務量の調整もせず、ただ禁止するだけ」の許可制は無効であり、「実効性のある管理と適正な業務量」が担保されて初めて、許可制は有効になるということです。
裁判例から導く「負けない」運用ルール
失敗例のリスクを避けようとするあまり、現場で起きがちなのが「誤った運用」による二次災害です。
強引な運用が招く「ジタハラ」の二次災害
未払いリスクを恐れた管理職が、業務調整なしに「とにかく定時で帰れ」「絶対に残業は認めない」と退社を強要するケースが見られます。これは解決策にならないばかりか、新たな火種となります。
まず、時間内に遂行不可能な業務量を強要することは、厚生労働省が定義するパワーハラスメントの6類型の一つ「過大な要求」に該当する可能性も否定できません。仮に法律上のパワハラ認定に至らないとしても、従業員からは「ジタハラ(時短ハラスメント)」と捉えられ、モチベーションやエンゲージメントを著しく低下させる要因となります。
さらに、追い詰められた従業員が「持ち帰り残業」を行い、過労で健康を害した場合、会社は「安全配慮義務違反」を問われる可能性があります。表向きの残業時間を減らしても、水面下で負荷がかかっていれば、会社はより重い法的責任を負うことになるのです。
同様に、従業員が時間内に処理しきれなかった業務を管理職が巻き取る場合、管理職の負担が増大し、心身の健康を損なう恐れがあります。これも会社の安全配慮義務違反となり得ます。
許可制により残業代は減らせるかもしれませんが、誤った運用では労務リスクはまったく減らないわけです。
「客観性」と「例外対応」を明文化する
成功のカギは、運用ルールから「曖昧さ」を排除することです。
残業許可制を導入する以上、まずは業務量の調整、生産性の向上など、そもそも残業が発生しない仕組みを整えることが必要です。残業が恒常的に発生する状態で残業許可制を導入してしまうと、申請作業が毎日必要になるため、単に手間を増やす結果となります。
その次に、承認基準の明確化が必要です。「多忙のため」といった主観的な理由ではなく、「A社トラブル対応のため」「納期が明日に迫ったB社プレゼン資料作成のため」など具体的な業務内容を記載させ、それに必要な所要時間をセットで申請させるルールを設けます。
次に重要なのが、イレギュラー対応の整備です。「上司不在で承認が得られず、事後報告もしなかった」といった現場の言い訳をなくすため、「不在時は代理承認者を立てる」「緊急時は翌朝一番の事後申請を認めるが、理由は厳格に問う」といった例外ルールを明記します。現場が迷わず運用できる環境を作ることが、制度の形骸化を防ぐためには有効です。
勤怠管理システムと電子契約で実現する鉄壁の防衛
どれほどルールを整備したとしても、人の目で監視し続けることは困難です。そこで不可欠になるのが、システムを活用した「客観的記録」と「証拠保全」です。
基礎固めとしての「規程整備」と「システム設定」
まずは、制度運用の土台作りです。
①就業規則への明記と周知
「残業は事前許可制とする」旨を就業規則に明記し、労働基準監督署へ届け出ます。そして最も重要なのが従業員への周知です。説明会なども実施し、「なぜ許可制にするのか」を理解・納得させることがスタートラインです。
②勤怠管理システムを活用した「許可制」の導入
多くの勤怠管理システムには、厳格かつ柔軟な運用を支える機能が備わっています。これらを活用し、ルールの形骸化を防ぎます。
・申請なき残業の自動制御
「申請がない時間は労働時間として計上しない」設定や、申請時に理由入力を必須化することで、「なんとなく残業」を抑制します。
・場所を選ばない承認と代理対応
スマホ承認や代理承認者の設定により、管理者からの承認待ちを理由とした「なし崩し残業」を防ぎます。
・未申請残業のリアルタイム検知
「許可なく◯分以上の残業があった場合」などにアラート通知を出し、管理者が確認できるようにします。これにより黙認の芽を摘みます。
・締め処理前の自己点検
勤怠締め前に、従業員自身に勤怠内容を確認させる機能も有効です。本人の目を通すことで、申請漏れや認識のズレを最終確認します。
「隠れ残業」の検知と注意指導の「証拠化」
日常の管理に加え、リスクの高い「隠れ残業」や「無断残業」への対策もシステムで自動化しましょう。
③PCログ×打刻の乖離チェック
「退勤打刻後にPCで作業を続けている」といった「隠れ残業」は、システム上の「打刻時間」と「PCログ」の突合で発見できます。一定以上の乖離がある場合、その理由(私用、休憩、持ち帰り業務など)を本人に確認することで、実態を客観的に把握し、賃金の支払い漏れを根絶します。
④電子契約サービスによる「注意指導の証拠化」
アラートや乖離チェックで「無断残業」が発覚した場合で、その残業に業務上の必要性がないと判断できたときには、毅然とした指導が必要です。しかし、口頭注意だけでは「言われていない」と反論されるリスクもあります。
ここで重要になるのが、指導内容を確実に記録として残すことです。電子契約サービスを活用すれば、「残業禁止命令書」等をシステムを通じて送付できます。「いつ送られたか」がログに残るため、到達と閲覧が証明され、「見ていない」という言い逃れを防げます。さらに、同意ボタンを押させることで、本人の承諾を確実な証拠として残すことも可能です。
このプロセス自体が、万が一の裁判において「会社は適切な労務管理と指導を行っていた」という証明になることでしょう。
まとめ
残業許可制は、管理を怠れば未払い賃金リスクを招く「諸刃の剣」です。法的に認められる運用を実現するためには、業務量の適正化、明確なルールの周知、そしてシステムによる記録と証拠保全が不可欠です。アナログ管理から脱却し、テクノロジーを味方につけた法的に強い勤怠管理体制を構築しましょう。
KING OF TIME 情報
「KING OF TIME」シリーズでは、適切な残業許可制を運用するための機能が充実しています。これらを活用することにより、本記事で紹介した残業許可制のメリットを最大限享受することができます。
制度導入の際には、以下のリンクもご参照ください。
時間外勤務申請(残業申請)を必須としない / 必須とする設定方法 >>>
▼残業許可制の管理・運用残業が申請 / 承認されていないときに通知する方法(未申請残業通知) >>>
▼勤怠確認勤怠内容に問題ないかどうか、従業員自身に確認させていますか? >>>
▼PCログ×打刻の乖離チェック「労働時間」 > [打刻とログの差異]タブの確認 / 操作方法 >>>
サービス残業を防いで労働環境改善!勤怠差異レポートのご紹介 >>>
本記事が皆様のお役に立てれば幸いです。
今後もKING OF TIMEをご愛顧いただけますよう邁進してまいりますので、何卒よろしくお願いいたします。


